親不知が痛い。口内炎よりは100倍痛い気がするが、口内炎が100個できたらおそらく僕はショック死するだろうから、口内炎の10倍痛いということにしておく。

バイトを休むために存在すらしない親戚を殺しまくったのがまずかったのか、それとも前世の僕はよっぽどの悪いことをしたのか、よくわからんが、親不知はきりきりと、”痛み”ってやつを感じさせてくれる。その痛みからは何も生まれない。ああ、生きているな、なんて全く思わない。ただ痛い。

親不知が痛いってことを友達に喋ったら、あーそうなんと嬉しそうな顔をされた。SMでいうところのSだな、と思った。及川奈央さんはSはサービスのS、Mは満足のMとか言ってたけれど、この友達を見るたびにそれは違うと思う。やっぱりSはサディストのSだ。それ以上でもそれ以下でもない。サービス?よくわからん。というか話がそれた。

親不知とは親、つまり僕のことを知らないごとく痛みを発する歯だから、親不知というんだろうか。それならば僕は親として愛を与えてやらなければいけないのか?僕が親から受けた愛のごとく。子、つまり親不知から痛みを与え続けられて、なんか、親の偉大さを少し知った。でも僕はこの口の奥にある歯に対して愛をどう与えたら良いのだろう。そして、愛の連鎖は僕→歯ってぐあいに完結しちゃって良いものだろうか?

とうだうだ書いたが、別段本気で思ってるわけじゃない。そう、ただ痛いのである。というか何かいてるかわからんが、痛みのせい、ってことにしとこう。