言葉は大事に、インフレにならないように使ってきたつもりだけれど、結局それはおれの中での意味合いとしてしか機能してなかったのだなあ、とわかった。いや、おれのなかで機能してるから十分と言えば十分なのかもしれないが、言葉ってのは結局コミュニケーションの道具なので、例えばおれが生まれてこのかた「おなかがへった」と言ってこなかったとして、初めて「おなかがへった」と言ったとしても、相手からしてみれば、こいつ腹減るのはえーな、みたいな感じでしかとれないのかもなーと、思い、なんというか、ちょっとさびしい。
そしてそんなひねくれてた自分はそろそろ卒業しようと思うので、もう少しばかり素直になりたいが、やっぱり、ちょっとしたことで泣いちゃったり怒ったりするのは、恥ずかしいよなー普通。